本能を満たすと意欲がかなり削がれる。だから多少の空腹には耐え、少々睡眠時間を削る。きつくて時間が足りないと感じているときに限って、普段よりも意欲的に製作に励めたりする。だけどやはり身体は無茶を嫌がる。それに鞭を打たなければならないのだが、これが大変なのである。SだとかMだとか自分がどっちであるかを大っぴらにする奴をとにかく毛嫌いしていた。今もしている。人を叩くのも、人から叩かれるのも嫌だ。また、自分を痛めつけることも、痛めつけれるのも嫌だ。だけどしなければならない。自分を追いこまねければ、追い込まれなければ、何もで出てきやしない。深層心理を形にするには、より明確な自分の意思を浮き彫りにするには、とことん追い詰めなければ、追い込まれなければいけない。


 いたぶられるのが好きな人をいたぶるのはSじゃない。ただの強がりには、いたぶられるのが好きだと言っている自称Mの奴よりもいたぶらなきゃならない。そう簡単に人間を二極化するな。何でも欲しがるくせに、何でもしたがるくせに。


 追い込め。追い込まれろ。その相反する思考を同時に自分に向ける。皆そうしている。そうして来た筈。堕落した瞬間を振り返ると、後悔しか残らない。睡眠時間削りすぎて、5時間昼寝した時の虚無感たるや。

 時間を無駄にしたことをこうして啜っている時間ももったいない。便りが無いのは良い便り。だけど表立った活動が今のところないので、こうしてブログだけでも更新して、何かしら動いていることを示し続けるのは必要なことだと思っている。




「ジョルノ・ジョバーナ、お前には、死んだ事を後悔する時間をも与えん」

さすがボス。

なんて慈悲深い。