「瞼を透かして見る夜」at FACTORY UNVELASHU終了しました。お越し下さいました皆様、ありがとうございました。今回はしびれハナロス(仕田原和也 x 城台宏典)としてライブペイントでの出演でした。パフォーマンスなどの関係上、養生空間から出れずに終始ステージ上にいる事になっておりました。



 今回は初のユニット、初の2700mm x 1800mmの大画面などありまして、この形式が結構前から決まっていたにもかかわらず、自分がここ最近突き詰めているペイント法はかなりこじんまりしていて緻密な感じだったので、いきなり真逆な状況になってしまって危機感を持ちながら挑む事になってしまったのは拭い様のない事実。これに至る経緯には様々あるのですが、それは別の機会に。


 そういった経緯があり、結構窮地に立たされていたわけです。最初の一時間のパフォーマンス時も、その後の普通のライブペイントに至るまで様々な戦いが繰り広げられていました。己が内で。色々あるんです。色々ありますが、最終的に演者として鑑賞者が納得のいく地点まで作品を持っていく義務が一番大きかったと思います。当初、ライブペイントをやろうと思い立った時、何を見せようとしたかといえば自分の動き、パフォーマンス部分。どちらかと言えば絵そのものは余波であり、こういう表現が正しいかどうかは分からないがおまけに近いものだった。勿論、ただ闇雲に暴れておしまい、というようなものには絶対にしたくなかった。闇雲にやっているようで、いつの間にか構築されていくものも同時に見せたかった。絵筆を使わない、紙粘土が画風の肝。あくまでも前に出るための手段として行ってきたライブペイント。絵描きというスタンスから隔絶されていたいと思っていた。ライブペイントというのも、呼び名に困るのでとりあえずのカテゴリーのように思っていた。しかし、そうしたスタートからこれまでの中で意識の変化があり、絵描きを自称せねばならない時期が来たのかもしれないと最近考え始めていた。


 きっかけはFCBCに展示されていた「疱瘡爛漫・観測対象・彼我絶句」にあった。あの作品には20個の紙粘土が使用されている。しかし全面に紙粘土を使用しているため、他の作品と比べると立体感が強みになるけれども、作品だけを見た場合、全面が盛り上がり凹凸のある場面になり、凹凸そのものが意味を成していなかった。最早プラスマイナスゼロの平坦なのだ。盛り上げる部分を限定しなければ、全く意味がない。しかしその一部分だけで終わらせるわけにはいかない。そのほかの部分は描かなければならない。絵の具で勝負しなければならない。最終的な判断材料はどんな作品が出来上がったかによる。紙粘土の効力を最大限引き出すためには、平坦な部分が必要。しかしそれでもその部分は埋めなければならない。最も納得のいく、精度の高いものとして出せるように。絵描きであるというスタンスから紙粘土を使う。


 瞼を透かして見る夜までに描いた絵は全て絵の具のみで描いた。それなりのものは幾つか出来たけれども、いざ本番となると画面がでかすぎる。あと最近、余白部分をすごく大事にするようになっていて、その方向に進められずに方向性を見出せずに悪戦苦闘。ライブペイント自体もそうだけれども、絵を描くという行為に対しての付け焼刃感がどうしても拭えなかった。引き出しの少なさに慄いた。


 話を戻すと、かなり追い詰められていた。会場のステージ上に鎮座したパネル。そこで書き続けてもいいという許可をもらいながら、オールタイムを任されておきながら、ろくでもないもので終わらせるわけにはいかず、どうにかせないかんと頭を悩ませていました。後半、しびれさんはトリの秋風リリーさんのための超くっさい前口上を任されており、離脱。どうにかする案は浮かんでいないけれども前に立つしかないと出る。何をしていたのかは覚えていないが、しゃがんでいる時に事件は起きた。


 2700mm x 1800mmのパネル。たたみ3畳分。言ってみれば清太と節子がピアノを弾いて歌っていたあの部屋、しかも木製。それが転倒した。一瞬の出来事で成す術なく下敷きになるハナロスこと城台 宏典。死にはしないものの、確実に後遺症の残る何か大変な状態になると思った。息が出来なかった。それでも何とか脱出。一緒にパネルを立て掛けてくれた共演者達。ありがたかった。と同時にいよいよまずいと思った。しびれハナロスが鑑賞者の中に「駄目になった」と記憶されてしまう。それは即ち「瞼を透かして見る夜」というイベントそのものにも影響する。しびれさん出張中。どうにかせないかん。


 再度立ち上がったパネルには、今回中央部分にのみ練り込んだ紙粘土が変な風にベッチャリ潰れている。いよいよヤバイ。紙粘土部分だけは結構作りこんでいて、それを構成するための画材は乏しかったプラス何処に行ったのか分からない。と思っていると、ちょうど潰れた部分が口に見えた。そこを赤で染めてしまう。すると目が見える。そこも赤く染めてしまう。口の片方が思いっきりなくなっていたのでそのまま赤を伸ばして吐血したようにした。気付くとこんな感じなりました。



 元々は人影があって顔が紙粘土部分でというもので、これは紙粘土を大事に育てていると、しびれさんが周りに色を塗り始め、段々人影になったもの。そこをハナロスが絵の具・平面探求の中で見つけた新兵器「蛍光塗料」で縁取ったものです。しかしあまり効果を出さずにただの白い塗料のままのそれにしびれさんが何を思ったかボンドで重ね縁取ったものです。無感情な人物で終わっていた絵は、転倒という事故を経て血を流し、感情を露にした。


 パネル転倒の瞬間は動けなくて息も出来なかった。しかし這い出てパネルを立てて修正に入ったその時は、本当に痛みとかはなかった。目の前の絵の修復・完成にだけ意識が行った。これは初めての経験で、自分のライブペイントを見た人はトランス状態という表現をされることがあるが、これまではそんな事はなく、どういった動きにしようとか逐一考えていてまるで理性的だった。今回のような状態を本当の意味でトランス状態と言えるのではないかと思う。マリオがスターを取った状態。それと同様に、段々胸の痛みが出だして何とか中央の人物を終わらせて座り込んだ。本当に自分しかいなかった。自分がやらなきゃいけなかった。途中、仕田原さんの超くっさい前口上が聴こえてきて、色々晴れ渡った。画力がどうとか言い出したら色々駄目な部分はある。けれども描き終わった時、妙に腑に落ちるものがあった。諸事情で養生空間から出れず、体が動かせなかったので安静にしとこうと思いイベントが終わる時間まで寝ながらそれを見ていた。




 手元にある写真はこれだけです。写真はバッテリー切れ。取りに行けず。両サイドの写真がないので全体を伝えられず、どうにもこうにも。こんな残念な内容なのに、不思議と愛せるものを作れたと思う。やるべき事はやった。出来たと思う。そもそも何故パネルが転倒したのか。それはそのときパフォーマンスをしていた加藤笑平氏が何かをして何かが起こって転倒したそうです。見ていないので全く分かりませんが、起こった事は起こったという事です。しかし、終わってみてというか、やりながら思ったのですが、転倒してよかった、それに巻き込まれて下敷きになって良かった。パネルが転倒するちょっと前、描いてもこれといった決定打が思い浮かばずに一旦後ろに引っ込んだんです。それでうだうだやっていたのですが、でも前に立たなきゃどうしようもないと思い、もう一回前に出ました。そこでパネルが転倒。もし前に出ていなかったら、転倒したパネルにキョトンとした顔の自分がいただろう。その状態だったら完全に終わっていた。どうしようもなかっただろう。けれども前に出て潰されて躍起になって描いた。恐らく自室でこれが起こっていたなら描かなかった。止めていた。しかし演者として人前でやっている身、その気負いがあったからこそ出来た事。本番前にしびれさんがメールでこう書いていた。「描く気構えさえ持ち寄れば、後は野となれ山となれ。」正にそうなった。


 今日の夕方ようやく病院に行けました。レントゲンを撮った結果、特に異常は見られないそう。けれども今でも右胸は痛む(これは何?)。代償は払うことになったけれども、こうしてなんとか無事でいられる状態は奇跡。ありがとう。本当にありがとうございました。本当に本当に皆様、ありがとうございました。クソの役にも立たなかったこいつを、クソみたいな事をやらかしたこいつをこれからもどうぞよろしくお願いします。


 最後に、カメラのバッテリーが切れた原因のこれ。しびれハナロス最初の1時間パフォーマンスの最初の12分が撮影できていました。そのダイジェスト版をYoutubeにアップしました。まだまだ本調子ではない状態ですけれども、会場の雰囲気を感じて頂けましたら幸いです。DJはチャイさん、VJはLIVERA RHYTHMさんです。ヘッドホンしていたのですが、この時流れているチャイさんのがすごく良くて、タイムキーパーは必要だけれどもこの曲聴いてやりたかったななどと思いながら。


 おまけ。会場付近。普段見慣れている都市高速も有り得ない力で存在しているのを再確認させられる。モード作りに最適。そんな場所でした。